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Mai Littlebridge

不安の大合唱



最近、不安の種がある。我が家の車のエンジンの調子が悪いのだ。メカニックに見てもらうが、どこにも異常が見つからない。時間の間隔をおいて何度かのチェックの期間、ほぼ車のない生活を送ることになった。ここロサンジェルスで車がないという事は、唯一の移動手段を失うことになる。電車もなければ、この広大な街を移動するのにバスもほぼ使えないからだ。友人や家族に会いに行く予定ももちろんキャンセル。

コロナ半ロックダウンも5ヶ月になろうとしているが、ここに来て初めて不安になってきた。

不安のストレスというものは一つの不安について考えだすと、まるで連想ゲームのように次々と別の不安を引き起こし、最初はか細いソロだった不安の声は、最終的には頭の中で大合唱になっていく。


例えば今回の私の不安のシナリオはこうだ。

ディーラーで修理することになったらどうしよう。きっと超高額だろう。

大掛かりなメインテナンスの時期ももうすぐだし・・・

そういえばタイヤもそろそろ新品と交換しなくちゃいけないんだった。

車には傷もついてるし、売るにも売れないだろうしなぁ・・・

そしてこのアメリカの見通しのない大不況。

あぁどうしよう!!


こんな風に不安の大合唱パターンにはまり出すと、どんどんと気分が沈む。

どんなにその事を考えないようにと努力しても、感情というものは無理に押しやろうとすると、ますます頑固にそこに居座る。そして知らず知らずのうちに自分を圧迫してくる。


そこで筋肉反射テストを使って、自分の内側にいるであろうユニバースからアドバイスをもらうことにした。


すると、体は ”真実” という言葉を示してきた。


ふむ、真実??

そこで考えてみる。真実って、何だろう?

今この状況において、私にとって、真実なのは・・・


「自分の手に負えない事は、人生には起こらない」


という事だと気付いた。

私は今までどんなに”手に負えないような”ことがあっても、何とかやってきた。それは紛れもない真実だ。

という事は、「ダメだ」という可能性の方が、統計から言ってあり得ない。なぜって、私が今日までちゃんと生きて、命があるという事は、私の人生に起こる事の「手に負える率」は100%なのだ。


じゃあ、例えば ”最悪の事態” になったとしたら、どうだっていうんだ?

大丈夫、手に負えるだろう。

必要なサポートは、尋ねたら必ずやって来る。




私が問題として見ていたその状況は、本当は問題ではなかった。

何が問題だったかって、”私がその状況を問題だという視点から捉えていた”って事だ。




ほとんどの私たちの思考は常に「目に見えない、まだ起きてもいない事」に対して警告を発し、そうする事が唯一の安全に暮らしていくための手段だと信じ込んでいる。

それはもちろん対策をとるための重要な手段だが、”唯一”じゃない。

自分の中に、ユニバースからのサポートは常にある、というスペースを空けておこうじゃないか?



ユニバースからメッセージをもらう事は、サイキック能力者やチャネラーの人でなくても、何も特別な能力がなくても、実は誰でもできる。

私は自分の筋肉反射を使ってメッセージをもらうのだが、それはとても便利でありがたい。


ユニバースって、優しいのだ。

必要な時に、必要なものを運んでくれる。それは「欲しいもの何でもかんでも」じゃないかもしれない。

でも確かに、その人にその時必要なものを運んでくれると、私は感じている。


自分の内側にユニバースが常にあると思ったら、人生ってもっと安心しながら進んでいいんじゃないかな?

自分に対処できないことは、何もないんだもの。





さてさて、明日はスバちゃん(車の名前)の不調原因が判明するかしら?

自分とユニバースを味方に、ディーラーに行って来まーす。






自分の中のユニバースと、つながる。

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