待った。その偏見、自分のですか?

最終更新: 1月23日



自分が自分のことをどう思っているか、って、しばしば

「周りの人が自分に対して感じる印象」


に、そのままなる。

という事実を忘れていて、先日若干混乱したことをシェアしようと思う。

何を混乱したかって、ことの発端は、最近よくYouTubeに現れるコマーシャル映像を見たことだった。


私はコマーシャルを見ないのでスキップするのだが、YouTubeは最初の何秒かはスキップできない仕組みになっているので、数秒は見なければならない。


私が見たその数秒のコマーシャルは、南米系の血筋であろう、ふっくらとした可愛らしい若い女性が、新しいドクターズオフィスについて喋り出す、というごくありふれたものだった。

それを見た瞬間、0.1%くらいの何か心地の悪い感覚が走った。

しかし全く気に留める要素のないほど小さな感覚だったので、すぐに忘れた。

しかしコマーシャルというのは、一定の期間内に何度も立て続けに同じものが現れる。

幾度もその女性を目にするうち、最初0.1%だったその心地の悪さは、だんだんと見過ごすことができないまでの、不快感になってきた。

それでも多分、自分の意識の中ではたった2%くらいの感覚でしかない。

気に留めないことも全然できるのだけど、なんだか気になったので、探ってみることにする。


・・・この不快感はなんだ?


私はこの見ず知らずの女性をどこかでジャッジして、彼女の何かを不快に思っているのかも?

(ジャッジ=良し悪しを決めつけているってこと)

この不快感の原因が何なのか、早速筋肉反射テストでチェックしてみる。

私はこの女性を批判している?

腹立たしく感じている?

見下している?

何か羨ましいんだろうか?

それとも彼女の姿が、私が過去に経験した何か嫌な記憶を、思い出させているんだろうか?


・・・どれも全く反応がない。



ええと、この不快感て具体的に言ったら、どんな気持ちだろう・・・

あ、


ザラザラしたこの気持ち、「卑下している」に最も近い。

と、ここで筋肉が大きく反応。

えええええ?!

私はこの女性を卑下しているのか・・・

なんてヤツなんだ・・・

私は隠れ差別主義者だったのか?同じ女性なのに?まさか、年齢?人種?

いや、どうも変だ。

ちょっと待った、これ、誰の視点?


ここでやっと気が付いて、体に聞いてみる。

その「卑下している」視点、誰の?私の?

体はNoで反応。

あ~~分かった


この「卑下している」感覚、私の彼女に対してのジャッジじゃないんだ。


この女性が恐らく、自分自身に対して持っている視点だ。


彼女は無意識下で自分を強く卑下している部分がある、てこと。

(ゴメンなさいよ、もちろん決め付けてはいないけど。)

その卑下の視線を私が感じとって、まるで私が彼女に対して感じていることのように、錯覚しただけだった。


これはいわゆるミラーニューロンというのか、エンパスというのか、とにかくややこしい。

分かりやすく他の例えをあげると、

自分てすっごく美女/ハンサム!!

とめちゃくちゃ自信を持ってそう思っている人の近くにいると、なんだか本当にその人がすごい美女/ハンサムなように思えてくる。

それは「私たちのその人に対しての見方」というより、「その人が自分に対してそう思っている」のを私たちがそのまま感じとっている、というのがかなりあると思う。


逆に、「自分には価値がない」という見方をどこかで強く持っていると、「自分を価値がないもののように扱う人」を引き寄せてしまったりもする。

つまり



「自分が自分を何者だと見るか」って、


「周りの人が自分を何者だと見るか」へも影響するってこと。





ここで少し話は変わるのだが、「自分が自分をどう見るか」に関連して、思った事をシェアしたい。



自分が神聖な光の存在である、と見るとき、それは自分自身を祝福するだけではないと思う。

結局のところ、外の世界は「”私”という目」を通してでしか、見ることはできない。

他の人の頭の中に入り込んで、そこから見ることはできないからね?


だから「自分には大した価値がない」とか

「自分を信じられない」

という視点で見るのなら、実際に身の回りにその証拠を見つけていくだろう。

自分の外に見るものは、自分の中に見るものの反映だから。

その逆に自分が光で、愛である、という視点から世界を見るのなら、世界に光と愛を見つけていくことになる。


・・・ということは、世界に光を見る人が増える時、世界は光であふれるってこと。

じゃあ、心地のいい世界を、本当に創ることができる、てことだね?

だから、自分を祝福するのと、世界を祝福するのは、同じことなんだ。

それなら、私たちは、何を見たいだろう?

何を見ることを、選ぶだろう?

私たちには、どんな見方で自分を見るか、選ぶことができる。

選ぶ力は単純にパワフルであって、ネガティブを選んでも、ポジティブを選んでも、

どちらの方向にもパワフルに作用する。

誰かが「あなたはこうするのが正しいんだから、こうしなさい」って決めてくれるのなら、それはもちろんラクだろう。

でも、勝手に決めないで!自分で決めるの!

って言ったのは、幼い頃の私たち自身じゃなかったかな?

私たちは自分には創造する力があることを、知っていたんだね。

見たいものを、選んだら、見える。


って、ユニバースの仕組みなのかね・・・





分かってますよユニバース。大人になると、なかなか大変なんすよコレ。

・・・どこまで選びきれるか~!!

と、ヘチマ観察のごとく、自分観察中の最近です。



I love you,

and


I see Beautiful You!

こんな自分だったらいいのに、って?

そんな自分が、あなたの中には必ずいます。

潜在意識につながって、自分の中から現実を変えていきませんか。

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